昭和学報

【教員リレー】クイズの問題のその先へ ― 日本語日本文学科 吉田 昌志 教授

昭和女子大学の大学新聞「昭和学報」の巻頭で長きにわたり連載した『巻頭言』。
2018年10月から『教員リレー』にリニューアル。「リレー」形式で、皆様に大学での学びのエッセンスをお届けします。
今回は人間文化学部日本語日本文学科の吉田 昌志 教授です。

 「智に働けば角(かど)が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。」
 さて、これは、誰の、何という作品の一節でしょうか?
 よくあるクイズの問題だ。
 正解は、夏目漱石の「草枕」(明治39年/1906)。
 これに続く文章は何でしょう? と、問題をもう少し難しくすることもできる。
 正解は「兎角に人の世は住みにくい。」である。
 これは、人の世の住みにくさを端的に述べた漱石一流の警句、ほとんど「ことわざ」のように用いられ、彼の小説の中で、もっとも良く知られた一節だといってよい。だからクイズの常套問題にもなるわけだ。
 しかし、正解を知っていたからといって、「草枕」について知っていることにならないのは、いうまでもない。それはクイズに答えられる「雑学」のレベルであって、本当の「知識」とは、○×や、一問一答で済む話ではないからだ。
 各句の頭の文字を並べると「智(知)」「情」「意」となるので、この警句はドイツの哲学者カント(1724-1804)が唱えたといわれる、人間の心の三つのはたらきを踏まえて案出されたのにちがいない。
 というところまで行けば、漱石の世界の扉を少し開けたことになるだろう。
 だが、本当の問題はその先にある。

「草枕」の冒頭

 まず第一に、「草枕」は、先の文から始まっているのではなく、冒頭には「山路を登りながら、こう考えた。」という文が置かれているのを、みなさんはご存じだろうか。

「草枕」の初出「新小説」明治39年9月号 :本学図書館近代文庫蔵

 「考えた」のは誰か、といえば、この物語の語り手の「余」(=わたし)という「画工(えかき)」である。だが小説の最後まで「余」の名前は明かされない。「坊っちゃん」の主人公の「俺」の名前が最後までわからないままであるのと同じように。
 つまり、「智に働けば」以下は、すべて山路を登る途中の画家の頭に浮かんだ想念なのである。画家だから絵を描くのが仕事なのだが、「余」は思ったような絵が描けなくて、画題を求めて山の中の温泉場へ向かっているのだ。「草枕」は、絵の描けない画家の物語、やや大げさにいえば「芸術家小説」なのである。
 そして、この小説の冒頭部分が、たんに「人の世は住みにくい」ことを言っているのではない証拠に、すぐ続いて、次のような文がある。

住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟ったとき、詩が生れて、画が出来る。(中略)
越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、画家という使命が(くだ)る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊い。

 すなわち、画家にくだされた「使命」たる美術=芸術が、なぜこの世に生れるのか、芸術出現の必然性や存在意義を説き、画家の「余」が「住みにくい」「人の世」に存在を許されている、その根拠を述べようとしたのが、冒頭部分の趣意だったのである。
 と同時に、それは作家(詩人=文学者)としての漱石の「生」のありどころを担保するものでもあったにちがいなく、「智に働けば」以下の一節は、そのほんの「とば口」にすぎない。

「草枕」の結末

 こうして幕を開けたこの物語は、どのような結末を迎えるのか。
 着いた温泉宿の「若い奥様」の「那美さん」(結婚したが亭主と別れて実家の宿へ戻ってきた「今まで見た女のうちでもっともうつくしい所作をする女」)との、さまざまな交渉をたどりたいのだが、そうすると一年間講義を続けても終らないから、それは省いて、最後の場面だけを紹介してみよう。
 「余」は「那美さん」と一緒に、日露戦争に出征する彼女の従兄弟の「久一さん」を見送るため、川を下って、駅に行く。少々長いが、大事なので、本文を引いてみる。

 車掌が、ぴしゃりぴしゃりと戸を()てながら、こちらへ走って来る。一つ閉てる毎に、行く人と、送る人の距離は益益(ますます)遠くなる。やがて久一さんの車室の戸もぴしゃりとしまった。世界はもう二つに()った。老人は思わず窓側(まどぎわ)へ寄る。青年は窓から首を出す。
 「あぶない。出ますよ」と云う声の下から、未練のない鉄車の音がごっとりごっとりと調子を取って動き出す。窓は一つ一つ、(われ)(われ)の前を通る。久一さんの顔が小さくなって、最後の三等列車が、余の前を通るとき、窓の中から、又一つ顔が出た。
 茶色のはげた中折帽の下から、(ひげ)だらけな野武士が名残(なご)惜気(おしげ)に首を出した。そのとき、那美さんと野武士は思わず顔を見合せた。鉄車はごとりごとりと運転する。野武士の顔はすぐ消えた。那美さんは茫然として、行く汽車を見送る。その茫然のうちには不思議にも今までかつて見た事のない「(あわ)れ」が一面に浮いている。
「それだ! それだ! それが出れば()になりますよ」
と余は那美さんの肩を叩きながら小声に云った。余が胸中の画面はこの咄嗟(とっさ)の際に成就したのである。

 「髯だらけな野武士」とは、那美さんの別れた夫――彼は澪落して金に困り、兵士ではなく従軍の人夫として満洲へ行こうとしている――その夫の姿を認めた彼女の顔に、意識的な虚勢で人を惹きつけている日ごろの表情ではなく、思いがけず現れた夫への「憐れ」が浮んだ、まさしくその瞬間に画工は描こうとして描けなかった絵の主題をようやく発見し、「胸中の画面」が「成就した」のであった。
 「草枕」は、那美さんとの出会いを契機として、その名の示す「美」を表現する画材へたどりつくために遍歴する芸術家の「旅」の物語である。
 あらためて確認すれば、「智に働けば」の部分は、ほんの端緒にすぎず、物語の全体はまったく別の様相を呈していることが判るだろう。冒頭の警句を知っていても「草枕」を知っていることにはならない、と言ったのはこの点においてである。

大学での「学び」

 クイズの問題では、漱石の「草枕」と答えられたら、それで正解、そこで終ってしまうが、本当の答えは実はその先にある。
 大学での「学び」は、クイズの問題に答えられるような即答力をつけたり、その答えを数多く覚えたりすることではなく――むろんそれも必要だけれど――何よりも、さまざまな「問い」を事象、対象の全体に及ぼして、物事の本質をより深く知ろうとする姿勢を作ること、そして、知るための方法を学ぶことにある。
 もとより「草枕」の豊かな世界が提起する問題は、私の述べた点に尽きるものではない。
 まずはスマホをいったん脇に置いて、この作品をじっくりと読んでみよう。
 「問い」を発見するのは、ほかならぬあなたがた自身なのだから。

「草枕」を収める単行本『鶉籠』(春陽堂、明治41年1月刊) :本学図書館近代文庫蔵

※「草枕」の本文は、読みやすさを考えて、新潮文庫に拠りました。原文のおもむきを味わいたい人には、写真の単行本、または岩波書店版の『漱石全集』第3巻の本文に就くことをお奨めします。

プロフィール

吉田 昌志(よしだ・まさし) 教授
専攻は日本近代文学。とくに泉鏡花を中心とする浪漫主義文学の研究をしている。担当科目は「日本文学入門B」「日本文学Ⅰ:文学と美術」「日本文学特殊研究:泉鏡花研究(院)」など。編著に『鏡花随筆集』(岩波文庫、2013)。『泉鏡花素描』(和泉書院、2016)で、第25回樋口一葉記念やまなし文学賞(研究・評論部門)を受賞。

日本語日本文学科について
― 詳細な教員紹介はこちら(昭和女子大学教員データベース・新規ウインドウ)

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