昭和学報

【学報アーカイブ①】学校新聞「昭和学報」の変遷

記者紹介

吉江 真耶(よしえ・まや)
千葉県出身。人間社会学部現代教養学科2年。情報発信を学びたいと考えて学報委員会に入会。趣味はヴィジュアル系のライブに行くこと。

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 「温故知新」という。長い歴史を持つ大学新聞「昭和学報」が2018年10月からウェブに移行した。「学報アーカイブ」は「昭和学報」の過去の記事から、現在にも繋がる歴史を辿るコラムである。第1回目では「昭和学報」の変遷を紹介したい。

 「昭和学報」の原型は1934(昭和9)年に発刊された「学苑」という研究機関誌である。現在の「学苑」は本学教員が研究発表する学術誌となっているが、当時は大学の近況を紹介する役割も果たしていた。その後、この「学苑」は、1944(昭和19)年から「光葉」という雑誌と合併して「學園學報」に編纂された。

図書館に並ぶ「学苑」
「昭和学報」の原型「學園學報」。1941(昭和16)年の独ソ戦争の話題や女性へ向けた記事などが時代を感じさせる

 その後、1962(昭和37)年に「昭和女子大学学報」が創刊された。第二代学長・玉井幸助氏が就任。日本の大学制度が大きく変化した年であった。そして1964(昭和39)年18号から、現在の「昭和学報」に改題される。

「昭和女子大学学報」創刊号。夏期講座では日本全国から受講生が集まったという驚くような記事や読書数の調査など、今読んでも興味をそそられる記事を掲載している

 創刊号で紹介された学長の挨拶を紹介しよう。
「学校の行事や学内の出来事が常に正しく報道され、学校という団体の生活実態が学生及び教職員の日常に融けこんで、呼吸が合うようになれば、おのずからに理解し合うことが出来る。「昭和女子大学学報」はそのために創刊されたのである」

 はじめは学術誌だったものから大学の近況を伝えるものへ。毎月刊行され、学生の活動を遠く離れた故郷へ知らせるものでもあった。
 現代は紙を媒体としなくても、容易に情報を発信・共有できる。そんな時代に「昭和学報」も新しく生まれ変わろうと、2018年10月に学報アーカイブがWeb化されて2か月が経つ。閲覧者も着々と増えているようだ。学生が大学の情報を発信できる場であると同時に、学内外問わずより多くの人へ本学学生の「今」を知ってもらうきっかけになっていければ幸いである。

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