昭和女子大学 SHOWA WOMEN'S UNIVERSITY

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【卒業生訪問】日本企業の悩みをデジタルで解決。昭和で鍛えた「底力」―アクセンチュア 金居幸代

 昭和女子大学を卒業したのち、一歩踏み出して行動し続ける女性を紹介します。
 今回は、五修生制度を活用して昭和女子大学附属高校3年次から本学昭和ボストンで様々な経験を積んだのちコンサルティングの分野で活躍する金居幸代さんにお話を聞きました。

金居幸代
アクセンチュア株式会社 デジタルコンサルティング本部 シニア・マネジャー

昭和女子大学付属 昭和中学校・高等学校を経て、国際学部英語コミュニケーション学科(旧人間文化学部 英米文学科)1997年卒業
卒業後、商社で3年、IT企業で14年間、フリーランスを経て現職

現在、どんなお仕事をされていますか?

 コンサルティング会社で、デジタル領域の提案や企画を担当しています。お客様の悩みや課題をヒアリングした上で、どのようにデジタルを活用して課題を解決していくかをお客さまと一緒に考えていくことが業務です。

 クライアントは基本的に日本企業ですが、アクセンチュア自体が世界で53の拠点を持つグローバル企業なので、課題について詳しい人が日本にいなくてもグローバルで蓄積された知見を活用したり、海外の専門家と連携したりすることができます。

 プロジェクトによっては、短期間でお客様が満足するパフォーマンスを出さないといけないっていうこともあり、すごく大変ですがやりがいも感じています。

3カ月で課題を理解し、結果を出さないといけないこともありました。

昭和中学校・高等学校での思い出を教えてください

 中学と高校も昭和学園で過ごしました。

 中学1年生の頃からクラスでアメリカ人の先生から英語を習っていて、英語を使って異文化を持つ人たちとコミュニケーションできるようになりたいと漠然と思っていました。「世の光となろう」というスクールモットーからも、グローバル社会で貢献できる人になるよう推奨されている、というように感じていました。

 またAFS(American Field Service)の交換留学制度を利用した海外からの留学生や日本から留学した生徒の話を聞く場が設けられていてとても刺激を受けました。それで高校3年生のときに私も同じ制度を利用して、米国ウィスコンシン州に1年間留学しました。大学生活を実質5年間過ごし、留学を含めて豊かな学校生活を送れたのは、中高の「五修生」制度のおかげだったと思います。

 高校3年生から昭和女子大学の授業に参加できる五修生」という制度を選択し、他の人よりも1年早く大学に進学しました。

五修生について
五修生制度とは、中高6年間の教育課程を5年間で修了し、6年生の1年間は、本校に籍を置きながら昭和女子大学で学ぶ制度です。1年早く進学し、余裕を持って留学や専門分野の研究ができます。また、卒業時に海外協定大学の学位も取得できる5年間のダブルディグリー・プログラムの取得にも有利となります。

そして話題は、昭和女子大学の
海外キャンパス「昭和ボストン」の思い出へ・・・

昭和ボストンについて
世界中から留学生が集まる学園都市ボストン。昭和ボストンは、ダウンタウンを見下ろすモスヒルという小高い丘の上に位置しています。
24時間体制のセキュリティ、現地の大学院生などの女性たちがレジデントアシスタントとしてサポートする寮生活、日本語で話せる常勤ナースが勤務するヘルスルームなど、安全・安心に学ぶ環境が整っていますので、長期海外留学には最適です。
参考:国際交流・留学(ページ中段「昭和ボストン」)

大学で留学された昭和ボストンでの思い出を教えてください

 昭和ボストンへの留学は学科で必修だったので、大学2年次の後期に4か月間いました。
 ウィスコンシン州に1年留学していた経験があったので、英語力にあまり不安がなかったこともあり、毎日ワクワクしながら授業を受けていました。先生を中心にいつも輪になって、インタラクティブなスタイルで授業を行っていたのが印象的です。

今も昭和ボストンではインタラクティブな授業を行っている

 昭和ボストンでは寮生活を送っていましたが、各寮に現地の大学生が “RA(Residential Assistant)” として一緒に生活していました。現地アメリカの大学生はとても自立していて、どんなことを感じて、どんなことを考えて生活しているかを間近に見られたことはいい勉強になりました。このRAの存在はすごくいい制度の1つだと思いました。
 ボストンは文化が豊かな街で、洗練されていますし、アカデミックな雰囲気もあって今でも大好きな街です。
 美術館もよく行っていましたね。ガードナー美術館という、美術品のコレクターだったガードナー夫人が邸宅を彼女のコレクションで埋めた美術館が好きでした。後は、ボストンはヨーロッパからの移民が辿り着いた最初の街ですが、その当時の歴史スポットをめぐる”フリーダムトレイル”というコースがあって、ボストンの街を周ったのもいい思い出です。

昭和で過ごした経験は仕事にどうつながっていますか

 中高時代は学寮研修などのイベントが多かったせいでしょうか、チームの中で自主的に考えて行動する習慣が身についていたように思います。あとはルールが多い学校だったので、その中で楽しみをみつける術も身につけた気がしますね。

 私の身の回りにいる昭和出身の同級生や卒業生って、粘り強くやり切るっていうか、そんな底力がある人が多いかも。

 決して派手ではないのですが、かといって地味でもなく。当時は昭和の生徒は質実剛健って言われていました。私も仕事だと特にそんなところがあるかもしれません。

昭和の生徒は質実剛健ですね。
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